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山下達郎

山下達郎

ゲイリー・ムーアが1952年4月4日生まれ

高中正義が1953年3月27日生まれ

そして山下達郎も1953年2月4日生まれで同学年です(イギリスの学校は多分9月入学だと思いますが)


僕とほとんど同世代です

山下達郎を知ったのはほとんどの方がそうだと思いますがシュガー・ベイブからです


SONGS 1975年 とうの昔になくなったエレック・レコード

SONGS 30th Anniversary Edition

いやいや、このアルバムを聴いたときはぶっ飛びましたよ

それまでも日本のロックはそれこそカルメン・マキ&オズ四人囃子ソー・バッド・レビューとかいろいろ聴いていましたし見ていましたがシュガー・ベイブのようにポップさとカラリと乾いたサウンドというのはなくてどこか日本的な湿り気を持ったものばかりでしたからね

DOWN TOWN



残念ながらシュガー・ベイブのちゃんとしたライブというのは見たことがないのですが、学生バンドで出たコンテストの審査員が山下達郎荒井由実(彼女も1953年生まれ)でコンテストの最後にシュガー・ベイブがバックで荒井由実が歌という構成で「ルージュの伝言」とか何曲か演奏してくれました(かなりレアなステージです 笑)

そうそう、荒井由実といえば僕の父親が繊維関係の仕事をしてたのですが
東京の業界の集まりで「家の息子はバンドに夢中で学業はさっぱりで・・・」とういような話を同業の方に話したらその方も
「いやいや、うちの娘も音楽に夢中で困ったものです」という話をしたということを聞かされました

僕がその方はなんという方ですかと父に聞いたら「八王子の荒井さんっていう方だよ」
といわれてもしやと思ったら、その困った娘さんはやっぱり荒井由実だったという笑えるようで笑えないこともありました
(そのころ荒井由実はすでにデビューしてました)

その前にも下北沢ロフトで何かのライブを見た後ロフトで飲んでいたら山下達郎さんが仲間と飲みに来たりとかなにかとすれ違ってました

シュガーベイブはすぐに解散してしまったんですがプロデューサーだった元はっぴいえんど大滝詠一ナイアガラ・プロジェクトで

NIAGARA TRIANGLE 1

このころたしか後にYMOなどで名を馳せた坂本龍一なども絡んでいたと思います

などを残してから1976年にソロ・デビューします

CIRCUS TOWN (サーカス・タウン) SPACY (スペイシー)

ファーストアルバムはニューヨークやロサンジェルスでの録音でアレンジをチャールズ・カレロアル・クーパーとかローラ・ニーロなどのお仕事をした方)に頼んだのですが、このアルバムのサウンドもその当時の日本人アーティストのものとしてはビックリするような完成度でしたね

この後

IT'S A POPPIN' TIME (イッツ・ア・ポッピン・タイム) GO AHEAD! (ゴー・アヘッド! )

MOONGLOW (ムーングロウ)

などに続いていよいよ

RIDE ON TIME (ライド・オン・タイム)

でました! ライド・オン・ザ・タイム RIDE ON TIME



で大ヒット!カセットテープのCMでした

FOR YOU (フォー・ユー) MELODIES

高気圧ガール



ANAのCMですね

そして クリスマスイヴ



1988年から1992年のバブル絶頂期にJR東海のCMになって大ヒット
出演は 深津絵里 牧瀬里穂 高橋理奈 溝淵美保 吉本多香美

このあたりまでは山下達郎を相当聴き込んでいましたね

ただ、僕の中の少年 1988年

僕の中の少年

このあたりから歌い方がちょっと変わってきたように思うんですが、それまでの抜けるようなポップさがなくなってきたように思えてちょっと離れてしまいました

1994~5年頃にそのころお友達だった女性のシンガーの結婚式にお呼ばれしたら彼女が山下達郎のバックコーラスもやっていた関係で山下達郎竹内まりあご夫妻も出席していて二人でアカペラで歌を披露してくれたのは感激でした~!

さらに上の方に書いた学生バンドの仲間はその後プロになったんですが山下達郎の一番弟子みたいな村田和人のバンドに入ってギターをやっていて山下達郎さんとは結構お付き合いがあったようです(一時期その村田和人バンドのキーボードは小室哲哉でしたしベースは子供ばんど湯川トーベンでした)

しかし山下達郎のクリップはYouTubeで探してもなかなか見つかりませんね



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テーマ : ロック - ジャンル : 音楽

コメント

達郎がつまんなくなった理由

同世代のリスナーとして、1枚目からfollowしてきましたが、僕もその頃から新鮮さを感じられなくなりました。達郎は一人で完璧をめざして、ちっちゃくまとまったので、他人とぶつかりあって新しいものが生まれるダイナミズムがなくなったからですね。
代わり映えのないユーミン状態ですね。
偽物のジャンク・フジヤマの方が、歌う喜びが感じられて、楽しいです。

Re: 達郎がつまんなくなった理由

初めまして

やっぱりそうですか

なんというかセルフプロデュースの怖さというかなんというか

もう誰も彼にどうこう言えなくなっちゃったんですかねぇ

そう、彼の名なかで完結してしまってダイナミズムがなくなっちゃったというのが的確な表現かもしれませんね

やっぱり音楽は何かのぶつかり合いの中から生み出すもので設計図通りに作ればいいってもんじゃないでしょうからねぇ

コメントありがとうございます

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プロフィール

U爺さん

Author:U爺さん
昨年、引っ越しに際して中学生時代から集めていたアナログレコードを家内の「邪魔だ!」の一声で処分されてしまいました
アメリカ、イギリス、日本のロック中心のコレクションでした
大事なモノは失って初めてわかる物 と言いますが・・ 失う前から大事だってわかってたんですけどね
そんなわけで記憶をたどりながら、ネットで調べながら所有していたレコードに関してブログを始めました
記憶違いなどあったらフォローをお願いします

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